文学ガールじゃないけれど

本読んで感想書いていきます

非効率が「正解」なこともある

小飼弾の「仕組み」進化論』小飼弾 日本実業出版

 

 今回は本書の最終章「仕組みの未来」を読んでの感想。

 

 よく「これからの社会のあり方」について語る時に言われるのが、「大量生産・大量消費型社会はもう終わった」というフレーズ。これが今まで、いまいちピンと来なかった。だって、もう終わったと言われても現にマクドナルドもユニクロ吉野家も、日常に無くてはならない存在だし、家の近くでは某家電メーカーの工場が、今日も大量に商品を作っては出荷してるし・・・。

 本書では、世界がもし100人の村だったらを援用して、現代の資本主義経済の仕組みを説明している。曰く、今は100人の人間が生きるのに必要なものは10人の人間で作り出せる。だから90人が仕事にあぶれ、彼らはカネを持っていないので結果全体の経済が回らなくなる、とのこと。この説明なら、何となくピンとくる。

 

 今ある価値観が、今後変容していくとしたら、その一つに「効率の追求」があるんじゃないだろうか。今までずっと、効率化すること、生産性を高めることは絶対的な善とされてきた。でも、これからはあえて非効率な状態を留めておくことも必要になってくるかもしれない。

 例えば本書で出てきたように、ワークシェアリング。一人でずっと作業したほうが効率的だったとしても、あえてその仕事を二人で分ける。生産性の観点だけで考えたらありえない事だけど、職場の多様性とか、そもそも「職に就くことは人の権利」とか考えると、シェアした方が正しい。個人的にもシェアしたい。今の半分の給料になっていいから、正社員の立場はこのままで労働時間を半分にできたら最高だ。

 

 で、空いた時間でロハスな生活を送る、とかだと、何となくローマ帝国末期を彷彿とさせてしまうんだけど、本書では空いた余裕で「新しい仕組み」作りを提案している。その作るべき「新しい仕組み」が何なのか、ということは、私はプログラマでもないし、時代の先端を行くほどの頭もないし、そもそも新しいものを作ろうと意識したことが少ないので、まだ具体的に想像できない。でも、型通りのメンドくさい作業から開放されたらやってみたいこと、作ってみたいコトはぼんやりと持っている。今後の生活で、そっちの方にももっと時間を割けるようになるなら、それはきっと幸せだと思う。

 

 最近には珍しく、未来に希望が持てるようになる本だった。